Bさんの声

Bさんのスケジュール 私は平成7年の開設当初から勤務し、今年で勤続22年目になります。私が歩んできた22年の一部を紹介します。 私は入職後、管理栄養士として13年間勤務しました。その間、結婚し、3人の子を出産しました。3人目の子の育児休業後、職場復帰した時、上司から「施設の介護支援専門員をやってみないか?」と話がありました。介護支援専門員の資格は、数年前に取得はしましたが、その当時は介護保険制度について学びたいと思っただけであり、介護支援専門員の職種は自分に務まるか不安だったためお断りしました。しかし、上司から何度も勧めの話があり、全面的にバックアップをしてもらえるという条件でやってみることにしました。 翌年、管理栄養士の他に介護支援専門員を兼務することになり、20人の入居者を担当することになりました。いざ、介護支援門員として仕事をしてみると、介護支援専門員実務研修よりはるかに難易度が高く、くじけそうになることが多々ありました。入居者家族からの度重なる要望・苦情、入居者の事故等にどう対処していけばいいかわからず、上司の前で何度も涙を流しました。そんな時、上司は約束通り、手取り足取り仕事の進め方を教えてくれ、時には課題を一緒に解決してくれました。私が自信をもって仕事ができるまでわかりやすく何度も何度も指導してくれました。 一通り仕事ができるようになり、ある程度仕事に自信がついてきた頃、入居者の人生の最終章を支援するという責任の重さと、責任ある仕事をやっているという充実感を感じるようになり、介護支援専門員の仕事にとてもやりがいを感じるようになりました。そして、もっと入居者のために仕事がしたいと思うようになりました。 そんな充実感に浸っていた数年後、またも上司から話がありました。今度は生活相談員をやってみないかということでした。どうして私の上司は次から次へと私に試練を与えようとするのか…、と思いましたが、そのような話をいただくだけでもありがたい、それだけ自分は法人から期待されているのだと考え直し、生活相談員を引き受けることにしました。 生活相談員の仕事は幅広い知識と高度な面接技術が必要でした。安易に引き受けたことを後悔したこともありましたが、やはり上司からバックアップしてもらい、何とか仕事をしていました。上司に頼ってばかりでなく早く自立して自分の役割を果たしたい、専門性を高め、自信をもって仕事がしたいと思うようになり、社会福祉士を目指すことにしました。そう決心した私は、通信制の社会福祉士養成専門学校に入学しました。仕事や家事・母親をしながら、専門学校のスクーリングやレポートをこなし、受験勉強を行うことは本当に大変でした。途中で受験を断念することも考えましたが、今まで頑張ってきたんだからやるしかないと思い直し、ダメもとで受験しました。最後まであきらめずに臨んだ甲斐があり、無事合格することができました。 栄養士として入職した当時、20年後に生活相談員として仕事をしているとは想像もつかないことでした。あの時、介護支援専門員を断っていたら、あの時、生活相談員を断っていたら、前向きに仕事ができていただろうかと思うと、これらの職種を勧めてくれた上司に感謝しています。 当法人には、職員の個性を活かしたり、潜在能力を引き出してくれる上司や、時に厳しく、時に一緒に涙を流し職員の成長を心から喜んでくれる上司がいます。また、いつも悩みを聞き、励ましてくれる同僚たちもいます。そんな職員に支えられているからこそ、22年目を迎えられ、勤務できているのだと思います。

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